高柳健次郎業績賞 2021年受賞者

「光線による空間像取得・表示技術の研究開発」

洗井 写真

洗井 淳

(日本放送協会 放送技術研究所 空間表現メディア研究部 上級研究員 1970年生)

[学 歴] 1993年  3月早稲田大学 理工学部応用物理学科 卒業
1995年  3月早稲田大学大学院 理工学研究科物理学及応用物理学専攻
修士課程 修了
[職 歴] 1995年  4月日本放送協会 放送技術研究所
2011年  6月日本放送協会 放送技術研究所 主任研究員
2014年  4月日本放送協会 放送技術研究所 上級研究員
  ● 主な受賞等
2010年  9月The best of IET and IBC 2010
2011年  5月映像情報メディア学会 第19回藤尾フロンティア賞
2015年  3月電気通信普及財団 第30回テレコムシステム技術賞

主な業績内容

私たちが普段生活している空間は、光源そのものが発する光や、その光を受けた物体が反射、屈折、散乱する光で 満ちており、物体の形状や色、物体表面の質感、空間の奥行きなど、さまざまな視覚的な情報を私たちにもたらして いる。こうした情報を取得・表示できれば、現場から離れた場所で、あたかもその場にいるかのような光景を テレビジョンで楽しむことができるようになるだろう。 空間の奥行きを表現することのできる技術として、水平方向に 配置した2台のカメラで撮影した映像を左右の目に提示する2眼式の立体映像表示方式が知られているが、人間が利用 している奥行き知覚の手がかりの一部しか再現できておらず視覚疲労を伴う可能性がある、3Dめがねを必要とする、 寝転んだり回り込んだりして物体の側面を見るようなことはできない、などの課題があった。洗井淳氏は、人が日常的に 空間を見ている状況と同じ物理現象を再現するために、物体からの光線の情報を取得・表示することで空間像を形成 する方式の研究開発に1995年より参画し、実時間で物体を撮影し空間像を形成できる新たな技術の実現に貢献した。

実時間で空間像を動画表示するためには、空間像の凹凸反転の回避が課題のひとつであった。光線の情報を取得する ために従来は凸レンズアレーを用いていたが、レンズアレーを構成する各凸レンズではそれぞれの像が倒立像として生成 され、表示される空間像の凹凸が実物に対して反転し、観察者からは正しい空間像として見ることができなくなる。 これを解決するため、凸レンズの代わりに、光軸に対して放物線状に屈折率が分布する屈折率分布レンズを適用した。 屈折率分布レンズ内で光線が周期的に蛇行して進行する特徴に着目し、光線の情報が正立像として得られるように 屈折率分布レンズの長さを最適に設定することで、正しい凹凸の空間像を表示できることを実証した。

さらに、空間を伝播する膨大な光線情報を取得・表示するために、多画素の撮像素子と表示素子が必要となることが もうひとつの課題であった。そこで画素数がハイビジョンの16倍(7680x4320画素)となる8K映像装置に対し、 2つの緑色信号用撮像・表示素子の位置を斜め方向に半画素ずらすよう高精度に制御して、水平および垂直方向の ナイキスト周波数を2倍相当に高める画素ずらし法を適用することで、16K相当の映像システムを構築した。 これにより、8K映像システムと比較して、高い空間周波数を有する空間像の表示を実現した。

同氏が研究開発した本技術により、3Dめがねを使わずに、視点位置による見え方の違いや物体の質感、奥行きを 3次元の空間像として表現することが可能となり、従来にないリアルな視聴体験を提供する裸眼3Dテレビの実現が 期待できる。こうした裸眼3Dテレビは、放送分野のほか、電子商取引、遠隔医療、遠隔教育など情報通信分野の発展への 寄与が見込まれる。また、近年活発に開発されているAR(拡張現実)やMR(複合現実)においても実空間の情報の取得・ 表示が必須であるため、今後は本技術の適用が想定される。

また、これまで国内外の学会の委員や電波産業会における主任を歴任し、技術講演・解説記事執筆や、3D テレビに 関する調査研究に貢献した。現在も国際学会委員、国内学会理事の活動を通して空間像技術の発展や産業での普及を 推進している。