高柳健次郎賞 2018年受賞者

「ISDB(統合デジタル放送)の研究開発および実用化への貢献」

吉野 写真

吉野 武彦
(元日本放送協会 専務理事・技師長 1943年生)

[学 歴] 1966年  3月 早稲田大学理工学部電気通信学科卒業
[職 歴] 1966年  4月 日本放送協会 入局
1986年  7月 日本放送協会 放送技術研究所 衛星方式研究部 主任研究員
1990年  6月 日本放送協会 テレビ方式研究部長
1996年  6月 日本放送協会 技術局 計画部長
1998年  6月 日本放送協会 放送技術研究所長
1999年  6月 日本放送協会 技術局長
2000年  9月 日本放送協会 理事・技術局長
2002年10月 日本放送協会 専務理事・技師長
2004年10月 株式会社NHKアイテック 代表取締役社長
  ● 主な受賞等
1975年 電子情報通信学会賞米澤記念学術奨励賞
1984年 市村学術賞・市村産業賞学術の部貢献賞
1984年 放送文化基金賞技術部門
1992年 東京都発明研究功労表彰
1995年 科学技術功労者顕彰
2001年 IEEE Fellow
2006年 前島密賞
2016年 日本ITU協会特別功労賞
2018年 IEEE Life Fellow

主な業績内容

吉野武彦氏は、1966年に日本放送協会に入局し、1970年から総合技術研究所(当時)においてデジタル技術を用いた新しい放送システムの研究開発を進めてきた。1980年代には、映像・音声など放送するコンテンツの種類に依存した放送システムというそれまでの概念から脱却し、デジタル化された情報を区別せず、あらゆるデジタル信号を統合して一つの放送サービスとして提供するという、統合デジタル放送、ISDB (Integrated Services Digital Broadcasting) を提唱した。デジタル信号を同じ形式で扱うためのパケット化、これらを効率的に区別する識別子の考え方など、まさに現在広く普及しているデジタル放送の基礎を築き上げた。この考え方は、日本からCCIR(国際無線通信諮問委員会)に提案されて研究課題となり、その後のITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)において数多くの放送方式が標準化されることとなった。

衛星デジタル放送方式(ISDB-S)は、吉野氏が研究開発を指導していたハイビジョン信号の圧縮方式や高効率な変調方式をベースに、ひとつの衛星中継器で2チャンネルのハイビジョン放送が実現可能な方式として開発されたものである。ISDB-S方式は、1999年にITU-R勧告として標準化され、2000年には国内で衛星デジタル放送が開始された。放送開始時より多くの放送事業者が参入し、「高画質ハイビジョン放送」、「高音質デジタル音声放送」、「多彩なデータ放送」や、それらを統合したサービスなどが提供され、ISDBが提唱するコンテンツの種類に依存しない放送システムがついに実現した。

衛星デジタル放送で吉野氏の提唱したISDBが実現し、伝送方式にそれを具現化する仕組みが導入されたことを受け、その後の地上デジタル放送にも大きな影響を与えた。地上デジタル放送方式(ISDB-T)は、ISDBで提唱された「どこでも放送サービスを楽しめる」という概念を具現化し、固定受信のみならず移動体での携帯受信が可能な方式として開発されたものである。ISDB-T方式は、2000年にITU-R勧告として標準化され、2003年には地上デジタル放送として東名阪から開始されその後全国に普及した。2018年7月現在、ISDB-Tは日本を含む世界19カ国で採用されている。

吉野氏の業績であるデジタル放送は、高画質なハイビジョンの実現、音声のデジタル化、データの伝送等従来ではできなかったサービスの実現により、電子番組ガイド(EPG)による予約録画機能、データ放送による天気予報やニュースの提供、携帯電話によるワンセグ視聴など、国民視聴者に放送をより便利に楽しんでいただく機能を提供した。吉野氏の長年の研究や実用化への貢献が放送を進化させ、視聴者の皆様に多くのメリットをもたらせたといえよう。

吉野氏が提唱し、衛星デジタル放送で実現させたISDBは、地上デジタル放送を経て、現在の4K8K放送や通信連携サービスなど放送分野はもとより受信機、コンテンツ制作に至る多くの分野にも影響を与え続けている。特に地上デジタル放送では、南米を中心に日本方式の採用が世界に広がるなど、デジタル放送分野で世界的にも大きな影響を与え貢献した。このように、先見性のある研究が、今花開き、日本のみならず世界の放送分野に多大な影響を与えた功績は極めて大きいものである。吉野氏が提唱し実現してきた技術は、これからも様々な分野に活用されるとともに、日本のみならず、世界の放送界に影響を与えながら発展していくであろう。

受賞記念講演資料(PDF形式 2.7MB)矢印
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高柳健次郎業績賞 2018年受賞者

「映像圧縮符号化方式の先駆的研究とその国際標準化
および普及活動」

高村 写真

高村 誠之

(NTTメディアインテリジェンス研究所 主幹研究員 上席特別研究員 1968年生)

[学 歴] 1996年  3月 東京大学大学院 工学系研究科 電子工学専攻
博士課程修了 博士(工学)
[職 歴] 1996年  4月 日本電信電話株式会社 ヒューマンインタフェース研究所
2005年  8月 スタンフォード大学 客員研究員(~2006年9月)
2008年10月 日本電信電話株式会社 メディアインテリジェンス研究所
主幹研究員(~現在)
2017年  4月 日本電信電話株式会社 上席特別研究員(~現在)
  ● 主な受賞等
2002年  5月 映像情報メディア学会 丹羽高柳賞論文賞
2004年  3月 2008年3月、2015年3月
電気通信普及財団賞(テレコムシステム技術賞)
2006年  5月 情報処理学会 長尾真記念特別賞
2017年  5月 映像情報メディア学会 丹羽高柳賞業績賞

主な業績内容

インターネット上の映像コンテンツの流通量は年率31%のペースで急激に増加中であり、映像以外も含む全帯域のうち実に73%を占める。しかもこの割合は2021年には82%に達すると予想されている。現在流通している映像信号は非圧縮サイズの数百分の一程度にまで圧縮されており、映像圧縮技術がなければ世の映像サービスひいては通信サービス一般が破綻することは明白であるし、通信サービスの持続的発展のためには、より効率的な映像圧縮技術の継続的な研究開発が不可欠である。高村誠之氏は、1990年代の大学院在学中より現在に至るまで、一貫して本技術の研究開発とその国際標準化・実用化・普及活動に従事し、精力的に本分野の発展に多大な貢献をしてきた。

標準化:氏の画面間大域動き予測技術は、最大で符号量を27%削減、客観画質(PSNR)を1.8dB向上させるもので、国際規格MPEG-4に必須認定され、対応LSIを搭載したハンディカム、タブレット等の携帯端末で映像を手軽に長時間楽しむ新しい文化「モバイル・パーソナルコミュニケーション」の契機となった。氏の画面内傾斜予測技術は、最大で符号量を3.0%削減、客観画質を0.45dB向上させるもので、国際規格H.265/HEVCに必須認定され、4Kストリーミング・VODや4Kカメラつきスマートフォン、4K/8Kテレビ放送などに用いられ、2020年には26億個の規格準拠製品が出荷されると予想されている。

実用化:映像の非可逆圧縮において、より少ない符号量でより高い画質を得られるよう、映像一コマあたり数万個を超える膨大な符号化パラメータの全組み合わせを一コマはおろか映像全体にわたり最適調整することは不可能である。氏による「局所未定乗数最適化技術」は、映像全体でわずか3個のパラメータを調整することで最適化処理を従来の1,000倍以上高速化し、客観画質を1.0~1.9dB客観向上させ、符号量制御も一撃的に行える。さらにこれは符号化方式に依存しない汎用技術であり、ソフト/ハード、業務/民生、商用/非商用を問わず普遍的に用いられており、今後も必須たりうるものである。

普及活動:氏は1998年より、MPEG国内委員としてMPEG-4, H.264/AVC, H.265/HEVCの標準化活動に参加し、2011年よりMPEGとJPEGを所掌するISO/IEC JTC 1/SC 29の日本代表(国際)および専門委員長(国内)として、H.265/HEVCも含む600以上の規格投票案件を調整し、適時かつ円滑な国際規格の制定に貢献をしたほか、実際の標準化担当者を講師に招いた一般向け技術解説セミナーを2014年より定期的に企画・開催している。また氏が共編著の『H.265/HEVC教科書』は広く技術者や学生に膾炙し規格の普及を強力に牽引しているほか、多くの標準技術講演・解説記事執筆・国際符号化コンペティション主宰などを通し、映像符号化国際規格の制定と普及、技術向上に貢献をしている。

今日の映像通信は、高い基本性能を持ち標準化された圧縮技術と、その性能を発揮させる高度な符号化最適化技術の双方なくしては実現不可能である。同氏の双方への貢献は、今後もますます重要性が高まり、影響を与え続けるものである。