高柳健次郎賞 2013年受賞者

「音声科学の基礎研究とその情報通信技術への応用」

白井 写真

白井克彦氏(放送大学学園 理事長/早稲田大学 学事顧問 1939年生)

[学 歴] 1968年 3月 早稲田大学大学院 理工学研究科博士課程単位取得満期退学
[職 歴] 1968年 4月 早稲田大学 理工学部専任講師
1970年 4月 早稲田大学 助教授
1975年 4月 早稲田大学 教授
1982年 4月 早稲田大学 教務事務システム開発準備室長
1992年 9月 早稲田大学 理工学部教務主任
1994年 11月 早稲田大学 教務部長兼国際交流センター所長
1998年 11月 早稲田大学 常任理事
2002年 11月 早稲田大学 総長
2010年 11月 早稲田大学 学事顧問(現職)
2011年 4月 放送大学学園 理事長(現職)
  ● 主な受賞等
2005年 3月 日本放送協会 放送文化賞
2007年 7月 イタリア共和国 功労勲章 グランデ・ウッフィチャーレ賞

早稲田大学名誉教授、電子情報通信学会(フェロー)、
日本ロボット学会(フェロー)、人工知能学会(フェロー)

主な業績内容

白井克彦氏の中心的業績は、音声科学の黎明期に世界に先駆けて行った音声コミュニケーション科学の基礎的研究と、音声情報通信技術の 実用化に対する多大な貢献にある。

今日、我々の身近な技術となった携帯電話等にも導入された音声対話システムの原型は、約半世紀前の同氏の研究にある。1960年代後半に 開始された同氏の研究は、当時、音声対話システムという概念の存在しない時代に、実時間で動作するロボットとの対話を実現させた。さらに同 氏は、ロボット動作とユーザの発話・行動との関係を有限状態機械によって表現し、ロボットの対話制御への応用を行った。この研究は、米国ベ ル研を始め海外においても大変注目された。特に、その対話制御手法やシステム全体の確率的構成法は、現在の音声対話システムの基本技術 として位置づけられ、高く評価されている。ロボットを用いた対話システム関連研究は、同氏が現役を退くまで長く続けられ、言語に加え表情・ 身体表現等の非言語情報を活用したマルチモーダルコミュニケーションシステムという一分野を築いている。

1970年代においては、音声生成の基礎研究として発声器官のパラメトリックな表現方法を考案した。音声発話時に大変複雑な運動をする人 間の発声器官を、いくつかのパラメータで効果的に記述することは、調音運動およびそれが引き起こす複雑な音声現象を理解する上で極めて 重要であり、同氏は、X線写真のデータに基づいて、発声器官の運動中の形状を少数のパラメータで精度良く記述する方法を開発、さらに、調音 パラメータの値を音声波から推定する手法も考案し、その結果を音声認識・合成に適用した。これらの先駆的研究は音声研究者に大きな影響を 与え、40年を経た今尚、国際的なジャーナル、学会等で引用されている。音声から調音状態を推定する問題は、基礎研究に留まらず、近年では語 学学習等における発音訓練など、新たな分野への応用も進んでいる。

1980年代以後は、関連分野における文部科学省重点領域の立ち上げ、国内外大学・国立研究機関(ATR等)・産業界(NHK、NTT、情報通信系 メーカ)との共同研究、研究指導を通し、当該分野の多くの人材育成を行い、現在の情報通信基盤技術の構築に大きく貢献した。

現在、広く使用されている音声インタフェース技術は、これら同氏の長年の研究開発・人材育成努力の成果と言い得る。今後も様々な場面での 応用が進み、情報機器の利用に不慣れな人を含む、誰もが恩恵を受けうる情報社会の実現に貢献することが期待できる。 

1995年からは、通信・放送機構の開発プロジェクトである視聴覚障害者向け放送ソフト制作技術の研究開発においてプロジェクトリーダー を務め、聴覚障害者のためにTV文字表示を自動作成するシステムの開発を推進し、音声認識技術の利用と、字幕番組制作工程における要約、同 期、字幕画面製作の3工程の自動化によって、大幅な効率化を実現した。本研究は、聴覚障害者にとって極めて重要性が高いものであり、同氏が その実用化に向かって努力し、目標レベルを達成したことで、社会的にも高い評価を受け、2005年度NHK放送文化賞の受賞に至った。

以上のように、白井克彦氏が行った音声コミュニケーション科学に関する一連の基礎研究・応用研究ならびに当分野の人材育成は、近年実用 化が進む音声情報通信技術の重要な基礎をなすものであるといえる。

また、早稲田大学15代総長として、活力ある人材の育成に力を注ぐとともに、文部科学省科学技術・学術審議会委員 、大学設置・学校法人審 議会委員(大学設置分科会)を始め文部科学省・内閣府等の各種委員会活動、人工知能学会会長、音声言語処理国際会議(ICSLP)議長を始めと した学会活動等を通じ、多方面に献身的な社会貢献を行い、大きな影響を与えた実績も高く評価されている。