高柳健次郎業績賞 2015年受賞者

「音・映像メディア情報の解析と検索に関する研究開発」

柏野 写真

柏野 邦夫
(日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所・上席特別研究員 1967年生)

[学 歴] 1995年   3月 東京大学大学院 工学系研究科 電気工学専攻 博士課程修了
博士(工学)
[職 歴] 1995年   4月 日本電信電話株式会社 基礎研究所
2008年 10月 国立情報学研究所 客員教授(~現在)
2014年 7月 日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所
メディア情報研究部長(~現在)

2015年 4月 日本電信電話株式会社 上席特別研究員(~現在)
2015年 6月 東京大学大学院 情報理工学系研究科 客員教授(~現在)
  ● 主な受賞等
2002年   5月 電子情報通信学会 業績賞
2004年   6月 IEEE Transactions on Multimedia Paper Award
2007年   4月 科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞
2010年   3月 前島賞

主な業績内容

莫大な量の音や映像が流通し共有される時代を迎え、メディアコンテンツの適正な活用の促進が極めて重要になっている。柏野邦夫氏は、1990年に音楽に含まれる音楽的事象の包括的記述を目指す「音楽情景分析」の研究を立ち上げた後、1995年から現在まで、これに加えて、音や映像などメディア情報に対する高速検索と、その重要な基礎技術である「メディア探索」の研究を主導し、当該技術の確立と実用化に多大な貢献をしてきた。

1. メディア探索技術の萌芽への貢献
従来、音や映像などのメディア情報の探索では、文字列の探索とは異なり、メディア情報の大容量性のために、その処理に非常に時間がかかることが課題であった。同氏はこの問題の重要性にいち早く着目し、1998年に、音や映像などの時系列メディア情報の探索を、その精度を犠牲にすることなく大幅に高速化する技術を考案した。時系列アクティブ探索法と呼ばれるその技術は、特徴の頻度分布のもつ性質を利用することで、同一の探索結果を厳密に保証したまま総当たり法の数百倍に高速化するものであり、この分野の重要なブレイクスルーとなった。

2. メディア探索技術の頑健化への貢献
メディア情報の探索におけるもう一つの技術的課題は、メディア情報に特有の曖昧性や変動のしやすさのため、探索のための正確な照合が難しいことであった。これに対し、同氏らの研究チームでは、2000年から2005年にかけ、メディア情報の探索を、雑音、編集、加工などの変動に対して著しく頑健にすることに成功した。ロバストメディア探索法と呼ばれるその技術は、粗く量子化された局所特徴を選択的に用い、時空間的配置を利用して候補を絞り込むという斬新な手法によって著しい頑健性を実現した。これにより、メディア探索の適用範囲が、それまでのように変動の少ない高品質な信号だけではなく、実環境でとらえた音や映像や、編集や加工が加えられた音や映像などにまで大幅に広がった。

3. メディア探索技術の実用化への貢献
以降、大量のメディア情報が流通する時代を迎える中で、同氏らの努力により、現在に至るまで、メディア探索技術の高速性、頑健性、精緻性は更に大幅に進歩してきた。現在では、例えば、わずか数秒程度の短い音の断片に部分的に含まれるごく小音量の背景音楽が、データベースに蓄積された数百万曲のうちのどの曲のどの箇所であるかを瞬時に特定することや、動画投稿サイトで共有される動画に含まれる既知のメディアコンテンツを全数規模でチェックすることなどが可能となった。

現在、同氏らによる技術に基づいて、例えば
 ・放送番組やコンテンツ配信において使用された楽曲や効果音の著作権管理
 ・大量の投稿動画に含まれる既知の映像・音楽の使用状況の特定
 ・スマートフォンで放送番組の音や画面をとらえることによる、放送とネット情報との連携
などの処理基盤が構築され、広く実用に供されている。さらに最近では、同氏らのメディア探索技術は音楽情景分析の技術をも包含し、類似の音楽パターンを検索するなどの応用の実現にも成功している。

このように、同氏の業績は、現代社会におけるメディアコンテンツの適正な流通と多様な活用を支えるものであるとともに、理論、技術、実用化にまたがるひとつの技術体系として、今後のメディア情報処理分野の発展にも大きく寄与するものである。